モノが売れないと言われる時代に消費を研究している人のブログ

広告会社で、消費について研究して発信しているサラリーマン(広告会社なのに、もらった名刺の肩書が「研究員」になっていてびっくりした笑)のブログです。

書籍 南後由和 『ひとり空間の都市論』

南後由和先生の『ひとり空間の都市論』読了。


平たい言い方&上から目線の響きになってしまい恐れ多いのだが…面白かった!この本では「ひとり」を肯定したり否定したりするのではなく、その生態(状況?)を記述している。そして、どのような「ひとり空間」がありうるか、という問題提起がなされてると思うのだが、その点が面白いし、すっと読めた。

 

筑摩書房 ひとり空間の都市論 / 南後 由和 著

 

「ひとり」を状態としてのひとりと定義しているところが面白い。特に、日本は組織外に出ると孤立性を高めるからヨソ者とコミュニケーションをはかることが苦手、という指摘は、海外ではサードプレイスがコミュニティになるのに対して、日本ではサードプレイスで直接的なコミュニケーションが生まれない理由であるし、海外では店舗で店員と客との距離が近くて会話が発生するのに、日本だと客は店員を無視したり避けたりする理由なのかと感じた。

 

黒川紀章中銀カプセルタワーについて。黒川さんが解説してるビデオを見た限りでは、構想ではカプセルをそのまま船に乗せて旅行に行けるように考えていたから、あのカプセルは住居というより別荘的な位置づけだったのかと思う。鴨長明が都から歩ける位置に方丈庵をつくり、黒川さんのカプセルでは郊外に庭付きの家を持ちながら都市に埋もれてひとりになるという対比が、それぞれの時代を表していて面白かった。私たちの時代の方丈庵は、ノートPCかスマホを持って、カフェやフードコートで過ごすひとり空間なのかなと思った。

 

住宅金融公庫による90年の住宅意識調査によると、住んでいる家の間取りが多いほど住居に力点を置いていて、間取りが少ないほど余暇、レジャーに生活の力点を置いているという結果。だいぶ前の『10+1』にも、後者のような住まい方提案がされていたことがあった。家は狭くても都市の中に暮らしの機能があればいいという提案はいいけど、一方で夜更けのファミレスをリビングがわりにして、うたた寝してる高齢者を見ると、まだまだ受入先の都市が整ってないかも、とも感じる。

 

シェアハウスにおける個室の意味は久保田裕之氏によればプライバシーの砦というよりも象徴的な意味合いが強いとのことだが、『混み合いの心理学』によると個室を持たないカップルは別れる確率が高いとのことだから、やはり個室は心理的に実作用があるんだろうと思う。しかし、チェルフィッチュの岡田さんも言うように、今の若者はSNSなどの影響で見られることを得意としているから、シェアハウスにおけるプライバシーも、もしかすると、"掲示板"時代の私とは違う感覚で捉えてる可能性もあるのかもしれない。

 

70年代以降のワンルームマンションが切断指向だと指摘されているが、考えてみれば、安藤忠雄住吉の長屋も70年代にできたもので、やはり都市とか街に対して閉じたものになっている。70年代の時代の要請がわかった気がした。